内科研修で中心静脈カテーテルからの静脈栄養(いわゆる高カロリー輸液)を経験することが多かったので、復習も兼ねてまとめてみました。
一昔前は糖液やアミノ酸製剤などを組み合わせて、輸液製剤を作っていたそうですが、最近は糖質、アミノ酸、ビタミン、微量元素などが最初から混ざったキット製剤が数多くあるので、随分楽にはなりました。
この記事では中心静脈栄養(total parenteral nutrition; TPN)をメインにTPNの適応や投与スケジュール・それぞれの輸液製剤の特徴・注意点などをまとめています。
末梢静脈から栄養を入れることを末梢静脈栄養(peripheral PN; PPN)と呼び、TPNとPPNを合わせて静脈栄養(parenteral nutrition; PN)と言います。
腸管を用いる場合は経腸栄養(enteral nutrition; EN)と区別されます。
適応
中心静脈カテーテル(CV)が入っていればTPNをしていいのかというと、必ずしもそうではありません。
TPNを行う場合は「腸管が安全に使用できない場合」であり、腸管が使用できるならば原則としてENを優先します。
「腸管が安全に使用できない場合」とは具体的にはイレウス、Crohn病などの炎症性腸疾患、消化管術後(特に小腸切除)などが挙げられます。
またTPN開始後に腸管が使用できるようになればENへの移行を行う必要があります。
目標を決めよう
TPNに限らず栄養療法を行うにあたっては、少なくとも
「1日あたりの必要カロリーと必要水分量」
を知らないといけません。
必要カロリーを求めるにあたっては以下に示すHarris Benedictの式が有名です。
男性:BEE=66.5+(13.7xBW)+(5.0xHT)-(6.8xAge)
女性:BEE=655.1+(9.56xBW)+(1.85xHT) -(4.7xAge)
BW: 体重(kg)、HT: 身長(cm)
この式を用いることで基礎エネルギー消費量(BEE)を算出でき、
このBEEに活動係数(AF)と傷害係数(SF)を掛けることで1日の投与カロリーを計算することができます。
活動係数(AF)
寝たきり:1.0~1.1
ベッド上安静:1.2
ベッド以外での活動:1.3
やや低い:1.5
適度:1.7
高い:1.9
傷害係数(SF)
手術:1.1(軽度)、1.2(中等度)、1.8(高度)
外傷:1.35(骨折)、1.6(頭部損傷でステロイド使用)
感染症:1.2(軽度)、1.5(中程度)
熱傷:1.5(体表面積の40%)、1.95(体表面積の100%)
がん:1.1~1.3
体温:36℃から1℃上昇ごとに0.2増加
つまり、
1日の必要カロリー=BEE×AF×SF
となります。
例:80歳男性。身長160cm、体重45kg。寝たきり。中等度の術後で感染症等起こっていない場合。
BEE=66.5+(13.7×45)+(5.0×160)-(6.8×80) =939kcal
1日必要カロリー=939×1.0×1.2=1126.8kcal
しかしながらこのHarris Benedictの式はとても煩雑で面倒…
忙しいときなどは
1日の必要カロリー=身長(m)×身長(m)×22×30~35で概算することもあります。
1日の必要水分量については簡単で、おおよそ体重(kg)×30mLとなります。
脱水の程度などで上下することはありますが大体このくらいです。
例の場合、1日投与カロリーは1100~1200kcal、水分量は1300mLぐらいを目標にすることになります。
そしてカロリーと水分量と同じくらい重要になるのが蛋白量で、これはNPC/N比というものを参考に目標を設定することになりますが、すこし後で解説します。
栄養療法の目標設定には「カロリー、水分量、蛋白量」の3つが必要になります。
この他電解質、ビタミン、微量元素(Zn, Mn, Cuなど)についても考える必要がありますが、とりあえずは上の3つの目標を設定しましょう。
投与スケジュールを組もう
ともかく1日の目標カロリーと水分量が決まりました。
しかしいきなり1日1100キロカロリー投与するではなく、徐々にカロリーを上げていくのが基本になります。
TPN初日から大量のカロリーを与えてしまうと後で解説するRefeeding症候群のリスクや感染症のリスクが上がるとされています。
TPN初日は目標カロリーの4割程度から始め、1週間かけて目標カロリーまで徐々に上げていきます。
目安としては2日で200~300kcalのペースでカロリーを上げていくといいでしょう。
例の患者では初日を440kcal程度から始め、2日で200kcalずつ上げていくと1週間後には1040kcalまでもっていくことができます。
TPNからENへの移行期も同様でENのカロリーを徐々に上げながらTPNのカロリーを1週間程度かけて徐々に減らしていきましょう。
蛋白量を決めよう
栄養療法の目標設定には「カロリー、水分量、蛋白量」の3つが必要と述べました。
ちなみにPNでは蛋白質はアミノ酸の形で補給されます。
近年蛋白質の重要性が注目されており、蛋白質量の評価の目安としてNPC/N比を用います。
NPC/N比は(非蛋白質熱量)/(窒素量g)で求められ、この値が小さいほど多くの蛋白質が含まれていることになります。
入院患者ではNPC/N比が120~150あたりを目標にしますが、TPNのキット製剤は最初からNPC/N比をこのぐらいで組んでいるので便利です。
注意しなければならないのは腎障害のある場合は蛋白質量を減らす(=NPC/N比を大きくする)必要がある点です。
この場合はNPC/N比300~500を目標にします。
TPN製剤いろいろ
※医療機関ごとに採用非採用がありうるのであくまで1例です。
TPN製剤の成分表を見ると非常に細かく各種栄養や電解質、ビタミンなどが載っています。
もちろん全てを把握したうえで使用するべきでしょうが、先に述べているようにまずは「カロリー、水分量、蛋白量」が非常に重要なので、TPN製剤の選択の際にはまずは「カロリー、液量、NPC/N」の3つに注目します。
エルネオパ®NF
電解質・糖質・アミノ酸に加え、各種ビタミンと微量元素が入っているキット製剤。
困ったときはこれでいいんじゃないかというくらい非常に使い勝手が良いです。
1号と2号があり、1号は1000mLで560kcal、2号は1000mLで820kcalです。
エルネオパ®の他にも1号・2号・3号名前がつくものがありますが、基本的に1号→2号→3号の順にカロリーが多くなるのでTPN導入期に1号、2号、3号と変えていくと徐々にカロリーを上げることができます。
弱点は1000mLだとビタミンと微量元素を1日必要量の半分しか補給できないので、長期投与には向きません。
ネオパレン®、フルカリック®
電解質・糖質・アミノ酸・各種ビタミンが入っているキット製剤。
ネオパレン®はほぼ微量元素が入っていないエルネオパ®で、フルカリック®は1号は903mLで560kcalなので水分制限をしたい場合には使用することがあります。
ハイカリック®
電解質と糖質のみが入った製剤で、1号~3号までとハイカリック®RFがあります。
アミノ酸製剤を併用して使うのが普通で、1号~3号は700mLと水分量が少なめになっています。
ハイカリック®RFは腎不全用でKとPが入っていないことが特徴です。
ハイカリックシリーズはそのまま使用しているとビタミンB1不足によるウェルニッケ脳症のおそれがあるので、ビタミンB1を併用する必要があります。
アミノ酸製剤
蛋白源としてアミノ酸製剤を用いますが、これもさまざまな種類があります。
・バランスが良く、長期投与向けの総合アミノ酸製剤(例:モリプロン®F輸液)
・侵襲が強い際に使いやすいアミノ酸製剤(例:アミパレン®)
・肝性脳症でFisher比を改善させる用(例:モリヘパミン®)
・腎不全用に最低限のアミノ酸補充できる製剤(例:ネオアミュー®)
適宜使用しながらNPC/N比を調節することになります。
イントラリポス®(脂肪乳剤)
必須脂肪酸欠乏を防ぐために脂肪乳剤を投与する必要がありますが、急性期には脂肪乳剤投与はせずTPN開始から10日程度経ってから投与することが推奨されています。
TPNキット製剤には脂肪は含まれてないため脂肪乳剤は忘れず投与する必要があります。
脂肪はエネルギー効率が良い(1gあたり9kcal)ので水分量をあまり増やさずにカロリーを上げることができるメリットもあります。
ビタミン製剤・微量元素製剤
各種ビタミンを補充できるマルタミン®、各微量元素を補充できるエレメンミック®などが便利です。
その他足りないものは適宜補充する必要があります。
注意点
Refeeding症候群
栄養療法を開始した際に気をつけなければならない副作用の一つにrefeeding症候群というものがあり、時に致死的となります。
Refeeding症候群とは飢餓状態の患者さんに急に栄養を与えた際に電解質異常、不整脈、心不全、肺水腫などの症状を起こす疾患のことです。
この病態で重要なのは電解質異常、特にリンです。
リンは経口で摂取しなければならない電解質で、ATP(アデノシン三リン酸)の材料となります。
飢餓状態(神経性食思不振症やアルコール依存症も含む)ではリン不足していることが多いですが、そのような人に急に大量のカロリー(特に糖質)を与えると、グルコースが解糖系を通りTCA回路をたくさん回す時にリン不足に陥り様々な症状を引き起こします。
Refeeding症候群の予防には、カロリーは徐々に増やしていくことが重要です。
また栄養療法開始前にはリンのほかカリウム、マグネシウムなども測定し、開始後も頻回にモニターする必要があります。
リンは腸管での吸収がとても良いので、refeeding症候群は経口摂取やENよりはPNで起こりやすいとされています。
高血糖/低血糖
当然のことですがカロリーを増量すると血糖値も上がっていきます。
糖尿病のある患者さんでは血糖コントロールが悪くなるので、血糖チェックを行い、必要に応じてインスリンを投与します。
しかしインスリンが多すぎるとかえって低血糖になり、こちらは時に致死的です。
この匙加減は難しかったので、インスリン量については上級医と相談しながら行っていました。
まとめ
非常に長くなったのでポイントをまとめました。
①TPNの適応を見極める!
原則は腸管が使える状態ならENが優先されます。経口摂取が難しいからといって安易にTPNを選択しないように。
②「カロリー、水分量、蛋白質」の目標を立てよう!
まずは1日に投与すべきカロリー、水分量、蛋白量を決めます。蛋白量はNPC/N比が指標になります。電解質、ビタミン、微量元素などはそのあとで。
③カロリーは徐々に増やす!
Refeeding症候群を予防するためにもいきなり多量のカロリーを投与するのではなく、少なめのカロリーから1週間ほどかけて目標カロリーまで増量を目指しましょう。
④血糖コントロールも忘れずに
特に糖尿病患者では高血糖/低血糖に注意する必要があります。カロリーに応じてインスリンの調整を行いましょう。
②③④はENの際も重要になります。
ENもTPN同様にさまざまな製剤がありますが、私はENの投与設計に関しては院内の管理栄養士さんと相談しながら組んでいました。
栄養療法もとても奥が深いので、ここに書いている内容だけでは全く足りていませんが、もしよければ参考にしてください。
また栄養療法を勉強するにあたって非常に参考になった本を2冊紹介します!
レジデントノート 2018年11月 Vol.20 No.12 栄養療法 まずはここから! 〜医師として知っておきたい基本事項を総整理、「食事どうしますか?」に自信をもって答えられる!
研修医の同期に「これを参考にすると良い」と言われ読みました。栄養管理の基礎から実際のTPNの組み方、ピットフォールまで網羅しています。
ENに関してはこの本だけでは難しく次に紹介する本を参考にしました。
治療に活かす!栄養療法はじめの一歩
栄養療法の勉強で2冊目に選んだ本がこれです。レジデントノートより奥深い内容が載っており、なぜ蛋白質が最重要なのか、ENのメニューの組み方などもしっかり学ぶことができます。
消化態栄養剤、半消化態栄養剤、成分栄養剤の違いもよくわかっていませんでしたが、この本で詳しく勉強できました。
続編の「モヤモヤ解消! 栄養療法にもっと強くなる〜病状に合わせて効果的に続けるためのおいしい話」もさらに踏み込んだ栄養学の話が書いてあって面白いので、興味があれば読んでみることをおすすめします。
Twitter:@yutoridesuga113
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